つきつめていえば、「目の前にいる患者を評価し、マネジメントすること」これがすべてです。そのために必要とされる医師にとっての職業訓練の第一歩、それが初期研修であると考えます。やみくもに症例を経験すれば良いと言うものではありません。経験は大きな財産ですが、各自経験できることは、広大な医学世界のごく一部にすぎず、経験していなければ手も足もでない・・・ということにもなりかねません。医学の発達に伴い、各臨床科はさらに細分化され、その狭い分野に限っても、頻度の多い疾患からまれな疾患、あるいはひとつの疾患でもさまざまな病態があり、全てを経験し尽くすことは、たとえ世界最高水準の病院で研修したとしても不可能でしょう。したがって、経験することだけを優先した研修では、自ずと限界があるのは明らかで、結果として自分の経験を唯一の判断基準にするような、ひとりよがりの医師が出来上がってしまいます。一度独善的な癖がついてしまうと、あとからそれを修正するのは非常に困難ですから、医師として最初の時期に論理的・科学的な考え方を習得する必要があるのです。以上を踏まえて、この2年間の研修で各自やらなければいけないこと・・・それは
- 自分の力で
- 個々の患者が抱える問題点をひとつひとつ列挙し
- それぞれの問題点を根拠に基づき解決すること
そのために必要な知識・基本手技を身に付けることだけでなく、その問題解決のサイクルを繰り返し、応用の利く方法論として体で覚えておけば、たとえこれまでに経験したこともない疾患・病態であったとしても恐れることはないのです。皆さんにはこのことを意識しつつ研修に励んでいただきたいと思います。
1.自分の力で
これからの長い医師としてのキャリアを考えたとき、2年というわずかな時間で実力をつける特別な方法というものはなく、自発的に研鑽を続ける姿勢が最も重要となります。
幸い日本は諸外国に比べて情報が手に入りやすい環境にあり、海外の優れた教科書の多くが翻訳されていますし、インターネットでの文献検索は、ごく普通の光景になっています。当院の図書室には、基本的な教科書や代表的な医学雑誌が揃っており、必要なら他施設、大学から文献を取り寄せることも可能です。
また、ほとんどの医師は各自のパソコンを院内でインターネットに接続しています。当院では研修に専念してもらう為に、経済的にも手厚く待遇しています。個々の疾患についてのレクチャーは他院と比べれば少ないでしょうが、そのような知識は学生時代にしっかり勉強しているはずです。むしろ初期研修の時期には、さまざまな手段を駆使して情報を検索する、あるいは選択する技術を身につけることが重要になるでしょう。
自分で悩み、考え、調べたことは、自然に身についているものです。
2.個々の患者が抱える問題点をひとつひとつ列挙する
ほとんどの患者、特に高齢者は複数の問題点を抱えています。一見、主症状とは関連がないと思われていても、病態や治療方針に影響することや、その患者の予後を決める重大な因子となることさえありうるため、それぞれについての評価が必要となります。高度に細分化された各科の中だけで全てが完結するというのは、むしろ例外的といえます。
そこで当院研修での基本は Problem-Oriented System です。
その最大のポイントは、最初に Problem を列挙することです。
問題点が挙げられれば次にすべきことは自ずと決まってくるわけですが、問題点として意識されなければ、評価自体が行われずに済んでしまいます。従来大学での研修は往々にして、その専門領域に関連した点だけの評価になりがちでした。また、それぞれの Problem は同じレベルではなく、優先順位をつけて問題解決を図らなければならないこともあります。当院は高度に専門分化していないが故に、かえって専門にとらわれずに広い視点から、適切に問題点を挙げるという基本的な訓練ができるのです。
3.それぞれの問題点を根拠に基づきつつ解決する
たとえば問題点として「胸痛」が挙げられたとして、次にすべきこと・・・それは鑑別診断です。一口に胸痛といっても、鎮痛剤程度で対応可能なものから緊急性のものまであります。学生時代には狭心症、解離性大動脈瘤・・・などと各種疾患の勉強が中心であったという新卒医師が多いと思われ ますが、第一線の現場では、それ以上に鑑別が重要であることを身に染みて悟ることでしょう。
胸痛を訴える患者に、「とりあえず心電図をとっておこう」程度のことしかできていないとすれば、多くの疾患を見逃すことにつながり、いかに特殊なテクニックに秀でていても、医師としてはどうでしょうか?
最初の段階で見逃してはいけない疾患は何か?そのために最低限何をすべきかを考えながら、病歴の聴取、身体所見のチェックを行い、検査計画を立てるという基本的スタイルを初期研修の時期に身につけなければならないのです。
その診断の課程、あるいは治療方針の決定に際して心掛けるべきものが、「EBM~根拠に基づいた医療」です。たとえば医学判断学に於いては、いかにその分野の権威といわれる人が語ったことであろうとも、エビデンスは低いとされます。また、一昔前には病態生理的な観点から誤りとされてきたものが、現代では標準的治療になっていることすらあります。特にCommon Disease については、大規模臨床試験の結果に基づいたエビデンスが蓄積されつつあり、それらの膨大な成果を専門家が科学的に評価した各種ガイドラインが多く作成されています。それらを参照しつつ、目の前の患者にいかに適用すべきなのかを検討し、医学的なディスカッションを行うことになります。
ひとりの患者につき、複数の問題点をそれぞれ評価し、解決するわけですから、きちんとこなせば、いわゆる Common Disease のうち、慢性疾患についてはほぼ網羅し、繰り返し経験することとなります。従ってたとえ症例数や指導医のレクチャーが少なかったとしても、毎日が非常に充実した初期研修となるはずです。研修内容は各人が毎日作り上げてゆくものなのです。